30代からの妊活ブログ不妊治療を知る

30代の働きながらの妊活ブログ。妊娠、不妊、不妊治療のことを知る。

日本の体外受精による出産(出生数)はどれぐらいか

体外受精による不妊治療、日本が抱える社会問題

 

いまや不妊治療というワードは日本で

知らない人がいないほど有名ですよね。

そして、日本は不妊治療大国と呼ばれるほど、

毎年多くの体外受精が実施されています。なのに、

実は出産率はそれほど高くありません。

体外受精実施率に対する出産率は世界最下位グループに属するのだそうです。

 

2018年のレポートから体外受精1回(1周期)あたりの

出産率……体外治療の成功率とも言い換えられます、

これを算出するためにまずはデータを参照します。

 

2018年、日本の体外受精による出生数:約5.7万人(全体92万人)

 

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/zensedaigata_shakaihoshou/dai10/siryou2.pdf

 

2018年、日本の体外受精実施件数:約45万件

https://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/2018data_20201001.pdf

 

体外受精実施件数に対する出産率ですから、

母数45万に対して出産率5.7万、

治療周期1周期あたりの出産率はわずか0.12%程度となります。

 

低いですよね。

海外のレポートを日本語に翻訳した記事で、

アメリカの平均的な体外受精の出産率はおよそ

4回につき1人という記述がありました。

日本の場合は8回から9回につき1人ですから、倍以上の差です。

 

体外受精は魔法ではない

 

「妊娠はいつでもできる」

「誰でも妊娠できる」

「結婚したら誰でも自然に妊娠するもの」

 

日本人の頭上をふさぐ「思い込み」の壁です。

日本は昭和を境に婚期と出産年齢が大幅に押し上げられ、

晩婚化と晩産化が急激に進みました。核家族化、超高齢化社会

急速に進む少子化と晩婚化、晩産化が絡み合う中心に、

この「思い込み」が根を張っています。

 

しかも、私たち女性は子どもを孕む主体であるのに、

どこか他人事というか、自分には無関係な

「社会の問題」だと捉えがちです。

女性の出産適齢期は20歳から35歳と短いのに、

その貴重な時間を仕事に費やし、

30代になってからあわてて体外受精を受けて

「治療を受けても妊娠しない」「不妊治療なんて!!」

と叫ぶのです。

 

日本の生殖医療は世界を俯瞰してもかなり高度に

発達していると言われています。

それなのに出産率が低い原因のひとつに、

国民の意識の低さがあるのだろうと私は思います。

 

世界で最初の体外受精による出産は1978年、イギリス。

確かに体外受精不妊治療の世界に革命をもたらしました。

でも、体外受精は魔法ではありません。

 

35歳を過ぎれば体外受精でも出産率は下がります。

また、不妊の原因になる病気などがある場合には、

放置している期間が長いほど治りにくくなり、妊娠が難しくなるでしょう。

 

まだ顕在化していない不妊症の「原因」があるかも?

 

成田収著「体外受精のすすめ」南山堂

を読んでいて気になったことがあります。

体外受精の実施件数と治療成績の記述などに関連して、

日本では年々移植に適した品質の胚を得られる

割合が減っていること、移植件数に対する出生数が下がっている

ことなどが指摘されているのです。

これも上記のことがらを考えれば

説明できてしまうのかもしれませんが、

果たして原因はそれだけなのでしょうか。

 

生殖医療が発展していて、周知も進んでいる、

性教育も改善が進んでいるはずなのに、

治療成績は下がっている現状……

まだ私たちが自覚できていない大きな原因があっても

不思議ではないですよね。

 

 

ふと思い出したのが、公共交通機関の中で、

あるスーツの男性が、ベビーカーを押して乗り込んできた女性に

向けたひどく冷たい視線です。

ほとんどの乗客は携帯電話に視線を落としていて、

誰とも目を合わせもしません。

その中で、その人はくっきりと表情に批判をのせて

彼女を睨みつけていました。

また、別の時、似たようなシチュエーションでは

「こちらにどうぞ」とベビーカーを

優先スペースに誘導した人がいました。

でも、女性が電車を降りた途端に吐き捨てる口調で

「ああいうのが迷惑なんだよ!」と言ったのです。

 

ベビーカー問題では確信犯的なママさんもいますよね。

私もベビーカーをガツガツぶつけられたことがあります。

あざになりました。

でもこの2件に関してはいずれのお母さんも

周囲に気を使い、「すみません」「すみません」と言いながら、

細い身体で赤ちゃんと大きな荷物を抱えて、

肩をすぼめるようにして車内に乗り込んできました。

かわいそうになるくらい身体を小さくして、

新しく人が乗り込んでくるたびに

「すみません」「すみません」と繰り返して。

 

親切でおおらかなひとももちろんいます。

でも悲しいことに、これが今の日本なのでしょう。

 

明文化されていない日本の社会問題、そのひとつの側面です。

 

ひとりひとりの意識を変えるのは容易ではないけれど、

きっとそれが必要なのだと考えます。

それにはどうしたらいいのか……。

 

「誰か」の意識をどうこうではなくて、

まずは自分が変わることから始めてみる、というのはいかがでしょう?